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クワイエットルームにようこそ

クワイエットルームにようこそ 特別版 (初回限定生産2枚組)

監督:松尾スズキ
2007年 日本

オーバードーズ(薬物過剰摂取)によって精神病院に強制入院させられたヒロインが退院するまでを描いた映画です。

精神病院が舞台の映画といえば、『カッコーの巣の上で』という言わずと知れた名作があるし、新しめだと『17歳のカルテ』がなかなか良かった記憶があります。それらに対しこの『クワイエットルームにようこそ』は思い切りコメディタッチで、まあふざけてると言えばふざけてる。しかしながら、一般的に異常と言われる人々を描くことによって、我々が信じて疑わない正常というものの異常性を炙り出しているという意味では、上の2作品と共通する点がないわけでもありません。とはいえやはり目立つのはオフビートな笑いの部分であり、しかつめらしい顔をして見るような映画ではないんですけども。

一つ理解できなかったのは、まるで自殺願望の有無が異常性を表すカギとなるかのような物言いです。長らく自殺願望を抱えながら生きてきた私にとって、それは最早自分の一部であり、物事の価値を決める際に重要な“物差し”として機能しているものです。おそらくこれからも心のどこかで死にたいと願いながら、私はその物差しを使って様々なものを測り、93歳まで生きる予定でありますが、それはやはり異常なことなのだろうか。そりゃ当然異常でしょ、と言われれば二の句が接げませんけどもネ。


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ゴーン・ベイビー・ゴーン

ゴーン・ベイビー・ゴーン

監督:ベン・アフレック
2007年 アメリカ

アメリカはボストンが舞台。失踪した幼女の行方を捜索するよう依頼された私立探偵コンビが、捜査を進めるうち、単純な誘拐事件ではないことに気付き始める……といった内容の社会派サスペンスでした。

ベン・アフレックは監督業にも手を出したのか、ふーん。と何気なく見始めた日本未公開のこの映画。観終わって、なんでこれビデオスルー?と疑問に。アメリカ社会の暗部――貧困、誘拐、麻薬、幼児性愛など――に切り込みつつ、サスペンス映画としての見所も押さえているし、矛盾を孕みながらも自分なりの正義を貫こうとして葛藤する登場人物達は人間臭いし、ほろ苦い結末は余韻とともに、「我々はどうすべきなのか?」と哀しい問題提起を投げかけてきて、なかなかの良作であるのに。無理のある展開が見られたり、何が起きているのか判り難い箇所もありますが、埋もれさせておくには惜しいと思いました。

監督デビュー作でここまで撮れるのは、結構凄いことかもしれません。私立探偵コンビの、仕事上のパートナーでありながら恋人でもあるという微妙な間柄・距離感を、上手く表現していたのが印象的でした。


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クローバーフィールド

クローバーフィールド/HAKAISHA スペシャル・コレクターズ・エディション

監督:マット・リーヴス
2008年 アメリカ

もうあちこちで言われていることと思いますが、要するにブレア・ウィッチ・プロジェクトの手法で撮影された怪獣映画です。

で、何に感心したかと言うと、とにかくカメラワークが計算され尽くしているということ。何者かの攻撃によって壊滅状態になったニューヨークの街を、ハンディカムを持った主人公達が走り回るわけですが、どんなに手がぶれようと、時にはカメラをとり落とそうと、観ている我々が状況判断するのに必要なものはきっちり映していますし、逆に、まだ明かさない方が後々盛り上がるであろう事柄や、映してしまえばあまりにグロテスクであろう死体の損壊部分などは、決して映しません。しかも、上書きされずに残ってしまった過去の映像が、フラッシュバックとして差し挟まれるという設定の都合良さ。ここまで徹底しているともう天晴れというか何と言うか。

実際にあのような状況で素人がハンディカムを回せば、ブレまくり・ボケまくりの混沌とした映像の連なりの中に残虐な事実が映りこんでいるというような、正視に耐えないものであるはず。もちろん、それをそのまま再現しては映画になりませんが、かといって、あそこまで作りこまれた、“整った”虚構の映像を見せ付けられると、これのどこがリアリティ?と思ってしまいます。遊園地のアトラクションみたいなものだと割り切れば楽しむこともできるでしょうが、私には無理。


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黒い十人の女

黒い十人の女

監督:市川崑
1961年 日本

見るからに優男で遊び人のTVプロデューサー・風松吉は、風という名字そのままにフワッフワッフワッフワッしている軽佻浮薄な男で、妻がありながら9人もの愛人と関係しています。ハンサムでお洒落で優雅なのだけど、仕事にも女にもいい加減でだらしがなく、しかし不思議と憎めない茶目っ気も併せ持つ野郎。演じるのは、サスペンスドラマで御馴染みの船越英一郎のお父さん、船越英二です。

女と見れば所構わず口説いてしまう風に業を煮やした9人の愛人たちは、結託して彼を殺そうと考えます。恐怖を感じた風は妻に泣きつき、妻はある作戦を実行するのですが、さて結末やいかに、というのが粗筋です。

コントラストを強調したフイルム・ノワールばりのスタイリッシュな映像が良かったです。黒いコートを着た女達が海辺で風に吹かれて立っているの図なんてかなりカッコイイ。主題は男の性とか女の業とかまあそういうことになるんでしょうけど、口当たりは軽く深刻さはありません。だから余計にラストが不気味に見えたりもしますけど。も。

船越英二演じる風の軽妙洒脱な感じも良いし、女優陣も当時のトップを行っていた人がゴロゴロ出ており、それぞれにキャラが際立っていて楽しいです。それにしても若き日の中村玉緒は可愛いなぁ。


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キサラギ

キサラギ スタンダード・エディション [DVD]

監督:佐藤祐市
2007年 日本

一年前に自殺した如月なんとかという売れないアイドルの追悼会を行なうべく、ネットを介して知り合い集った5人のファンであったが、そのうちの一人が如月の死を他殺と考えていることが発覚したため、彼らは事件を再検証し、やがて犯人探しの推理を始めるという密室劇であります。

本格的な推理モノや心理劇を勝手に期待するとがっかりするかもしれませんが、一種のシチュエーション・コントだと割り切って、こじ付けで伏線を回収する無理矢理さ加減やキャラの立った登場人物同士のやり取りを楽しむことができれば、結構面白いと思います。私は好きです。アイドルとして一旗あげようと健気に頑張る女の子と彼女を支えるファンの絆が感じられて不覚にも涙が込み上げちまいました。


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監督・ばんざい!/素晴らしき休日

監督・ばんざい! <同時収録> 素晴らしき休日 [DVD]

監督:北野武
2007年 日本

世間一般どころか下手したら、たけしファンの間でさえ評価が低めな『3-4×10月』や『TAKESHIS'』を、私は傑作だと思っているし、『みんな〜やってるか!』も大好きだが、この『監督・ばんざい!』については、なんだかなあ。それこそ『思わずやってしまいました』かな、色んな意味で。

北野監督は既存の映画文法に囚われまいとするあまり自縄自縛に陥っているのではないかと思う。例えばたけしファンには御馴染みの、飛び出しナイフで自分の指を切っちゃった事件なんて、素材そのものは面白いのに、演出によってわざわざ笑いを殺している。在り来たりでも構わないだろうに、最終的に面白ければ。自由であることに拘泥して、かえって不自由になってしまうという本末転倒を、この映画はやらかしていると感じた。

詐欺師親子がメインになる後半からは良かった。意外とポップでシュールな演出が冴えていた。あの二人がメインのロードムービーを一本撮って欲しいくらい好きだ。でもそこに行き着くまでに無駄が多い。エンジンかかるの遅過ぎ。オムニバス形式のアレは本当にいらない。「映画ってウンコみたいなものだから」と語る監督だが、この映画の前半はウンコですらねぇよ。消化しきれなかった素材の集まりをリバースしただけのゲロだ。

今まで観たことのない映画を観られたという意味ではエキサイティングだったし、DVDが出たらまた何度となく観ると思う。嫌いなわけじゃあないんです。ただ、面白かったとは、とてもじゃないけど言えません。私の興味は既に、次回作に向いています。今度こそ本当のウンコを、それも気合いの入った一本糞を見せてくれ。

さて、カンヌ映画祭60周年記念企画に出品された3分の短編、『素晴らしき休日』について。一人の農民が映画館へ入ったものの、トラブル続きでなかなか上映が進まないという話しで、よくまとまっていました。ただ、上映される映画が『キッズ・リターン』なもので、それを知っている人間にとってはオチが丸見えですけども。


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銀河ヒッチハイク・ガイド

銀河ヒッチハイク・ガイド [DVD]

監督:ガース・ジェニングス
2005年 アメリカ、イギリス

地球が異星人に爆破される直前、まあ色々あって脱出できた主人公が、銀河をヒッチハイクする旅のガイドブックを書いた異星人らとともに宇宙を旅するSFアドベンチャー。

これがイギリス的な笑いだって? 違うだろ。原作の笑いがナンセンスでありながら風刺と毒を多分に含んだ笑いであっても、その表面だけをなぞったようなこの映画は、アメリカ人好みに改変された単なるバカ映画。モンティ・パイソンとキン・ザ・ザがあれば、この映画の出る幕はない。


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クィーン

クィーン<スペシャルエディション> [DVD]

監督:スティーヴン・フリアーズ
2006年 イギリス、フランス、イタリア

1997年のイギリス。ダイアナ元皇太子妃が交通事故で逝去した。ダイアナは既に王室を去っていたため、エリザベス2世は特にコメントを発表するなどせず、公葬を行なうことも考えていなかった。その薄情に映る態度は、イギリス国民の王室に対する不満を高めることとなり、ついには君主制の存続さえ危ぶまれるようになる。時の首相であるトニー・ブレアは、何らかのアクションが必要であると女王に進言するが、彼女には彼女の思惑があり、なかなか首を縦に振らないのだった――。

マスコミの煽りもあって国民は王室に対する不満を募らせる一方だし、それによって身の危険まで感じるようになったチャールズ皇太子も、労働党出身で近代化推進派のブレア首相率いる政府に同調するし、逆に王太后と王配(女王の夫)からはあくまで慣習を守るよう言われるしで、女王様はもう大変。1000年にも渡り培ってきたイギリス王室の伝統と名誉を守るべく、家族の死を嘆く気持ちはあれど、それを公にすることができずに、ある意味では“憎まれ役”を買って出るしかなかった女王。

物語は実際の映像を交えながらスピーディーに、しかし丁寧に展開してゆきます。気高き女王の葛藤が細やかに描かれていて良かったです。カクシャクとしていて気品と威厳に満ちたヘレン・ミレン演じる女王が、ふっと人間的な弱さや茶目っ気を不自然でない程度に垣間見せる瞬間が良かったなと。

つくづく思ったのは、いろんな意味でダイアナさんの存在はデカかったということ。彼女のもたらした最大の功績は、大衆の価値観を変えたことにあるのかもしれない。

ところで初めて知りましたが、女王は第二次大戦中、自動車の整備工をやっていたそうで。自身の運転する四駆が川で立ち往生した際、プロペラシャフトが曲がってどうとか、ダメになったのはフロントでリアじゃないし四駆だからなんだとか説明していて、ちょっと格好イイです。


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グッドナイト&グッドラック

グッドナイト&グッドラック 豪華版 [DVD]

監督:ジョージ・クルーニー
2005年 アメリカ

共産党員とそのシンパを失職させるなどして排斥した、いわゆる“赤狩り”が盛んに行なわれていた1950年代のアメリカを舞台に、運動の旗頭であったマッカーシー上院議員を鋭く批判し、ついには不信任に追いやった、ジャーナリストのエド・マローと彼の番組のスタッフを描くドラマ。

自らが標的になることを恐れてマスコミ各社がマッカーシー批判に二の足を踏んでいた中、圧力にもめぜず批判を続けたマローとそのスタッフ。彼らを突き動かしていたのが何なのか、この映画からはよく判りません。ジャーナリストとしての正義なのか、それとももっとシンプルな、自由への渇望なのか。思いたいことを思い言いたいことを言える世の中でなければならない、という。判りませんが、まあとにかく、彼らは本当にしぶとい。スポンサーが降りようと、CBS会長からお目玉を食らおうと、自身が“赤”の烙印を押されそうになろうと、絶対にマッカーシー批判をやめません。更に感心したのは、必ず情報の裏を取り確証を得た上で批判し、相手側からの批判も包み隠さず報道して真っ向勝負を挑むという姿勢。もちろん、「完全に公平な報道は有り得ない」とマローが語るように、例えばテレビ的演出はします。しかし、事実誤認・捏造・歪曲は決してしない。そんなことは当然だけれども、その当然を今のマスコミは出来ているか? 彼らのように骨のあるジャーナリストがいてくれないと、小悪党ばかりが取り沙汰されて、巨悪は優雅にふんぞり返ることになってしまうので、今のマスコミ関係者はもうちょっと頑張れよと言いたいところですが、まあ正直言って、もうあんまし期待していません私は。


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カポーティ

カポーティ [DVD]

監督:ベネット・ミラー
2005年 アメリカ

実際に起きた殺人事件を描いた、トルーマン・カポーティの小説『冷血』は、ノンフィクションでありながら、人間の業を炙り出した一級の文学でもあります。私は惹き込まれて何度か読みました。それより前に『ティファニーで朝食を』を観ていた私は、これが同じ作家によるものかと驚きましたですよ。

で、『冷血』を執筆していた当時のカポーティを描いた伝記的映画である本作はというと、作家の業を炙り出していて、とても良かったです。フィリップ・シーモア・ホフマンの演技にも魅せられました。カポーティに似ているかどうかは判りません。

で、イヤな言葉だけれども“心の闇”ってヤツを、そこに自ら入り込んで、あたかも実況するかのごとく詳細に表しえたのは、カポーティが作家だからだろうと思いました。視線が内向きなのですよ作家は。最終的には“自分”を見ている。自分と殺人者を照らし合わせて、では自分はどうだろう、大差ないじゃないか、なんて、自分の中にある闇を見ている。それでカポーティと殺人犯は初めて同じ土俵に乗れたのだし、殺人犯は心を許して自分語りを始めたわけです、たとえカポーティにはカポーティなりの“計算”があったとしても。

ただ、それはとても危険なことでもあるようです。「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている」とかいう、ニーチェかなんかが書いたアレですよ、ツァラトゥストラ。新聞やテレビで“心の闇”について語っている頭の良いマスコミ関係者やコメンテーターの方々も、当然そういうリスクを冒しているのでしょうネ。当然、そうなんでしょうネ。まさかロクに検証もせず憶測で表面的なこと言って金もらうなんていい加減なことするわけないですよネ。ならいいけどよ。ちなみにカポーティは『冷血』発表以降、アルコールに溺れた末、死んだとさ。


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