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自虐の詩

自虐の詩 プレミアム・エディション

監督:堤幸彦
2007年 日本

ぐうたらで粗暴な元やくざの男と、健気にも文句一つ言わず彼に尽くす内縁の妻の日常を、堤幸彦らしいトリッキーな演出にナンセンスなユーモアを交えて描いた物語。無駄と蛇足だらけで、決してよくまとまっているとは思えませんが、それでも私は好きですよこの映画。

誰もがさっさと別れるべきだと太鼓判を押すようなロクデナシ男と、なぜだかいつも笑顔で彼とのつましい生活を楽しんでいる女。傍目から見れば、それは不幸な暮らしぶりに思えるかもしれない。しかし女の生い立ちや、男と出会って現在に至るまでの経緯が回想シーンで明かされるにつれ、人はあまりにも多くのものを背負っているのだと、つい忘れがちなことに気付かされます。

「幸や不幸など測れるものだろうか?」 ヒロインは、そう我々に問いかけます。ましてや他人の幸や不幸をや。“彼は幸せな男だよな羨ましい”、“彼女は不幸に違いないよ可哀想に”。その人が何を背負って生きてきたかも知らずに、今現在の断面だけを見て、そんな身勝手な評価を下してしまうことが、私にはある。その安直な独断の裏にある見え透いた独善の、度し難いほどの愚かさを痛烈に指摘されたようで、堪えましたですよ。ボディに一撃喰らったような。

嫌われ者だった学生時代のヒロインと、やはりクラスの皆から総スカンを食っている唯一の友人・熊本さんのエピソードが、ベタながらなかなか良かったです。熊本さんは容姿といいキャラといい強烈過ぎます。ラストのあるシーンを観て、彼女の人生がどんなだったのか想像してしまいました。


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ショーン・オブ・ザ・デッド

ショーン・オブ・ザ・デッド

監督:エドガー・ライト
2004年 イギリス

主人公のショーンは優しいところのある反面、優柔不断で、自己実現欲求などとは無縁の冴えない男。ルーズな幼馴染と夜な夜なパブに入り浸り、ついでに恋人とのデートもそこで済ませ、勤務先では17歳のガキのアルバイトにナメられる。とうとう恋人にも愛想を尽かされた彼は、今度こそ生まれ変わって彼女とよりを戻したいと願うのだが、そんな矢先、彼の暮らすロンドンの街にゾンビが溢れ始める――。

ダメ男が危機的状況に直面することで奮起し、成長してゆく様を、ロメロ監督版ゾンビのパロディを基にした残虐なシーンと、少々不謹慎でブラックな笑いを交えながら描いたホラーコメディでした。先日観た『ホット・ファズ』が面白かったので、同じくエドガー・ライト(監督・脚本)&サイモン・ペッグ(主演・脚本)コンビによるこの映画を観てみたわけですが、個人的には『ホット・ファズ』の方が好みです。

とはいえ良いシーンも数々ありました。強烈な印象が残っているのは、Queenの“Don't Stop Me Now”をBGMにパブで繰り広げられる乱闘シーンです。無意味さが最高に馬鹿馬鹿しくて、思い出しても笑います。そうかと思えば、ゾンビものらしくきちんとグロテスクなスプラッタ描写もあり、特に『死霊のえじき』のパロディには、頑張ってんなあと感心さえしました。ある人がゾンビに噛まれたことで始まる仲間割れのシークェンスなんて、心理描写がしっかりなされており、なかなかスリリングでした。ゾンビ化したルームメイトに対する決め台詞も、それ自体カッコイイものではありませんが、状況的に可笑しくて良かったです。


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スターシップ・トゥルーパーズ3

スターシップ・トゥルーパーズ3 デラックス・コレクターズ・エディション(2枚組) [DVD]

監督:エド・ニューマイヤー
2008年 アメリカ

人類と虫の大戦争を描いたシリーズ三作目。オフィシャルサイトによると、ついに完結!となっていますが、戦争が終結したわけでもなく、続編を作ろうと思えば作れる終わり方でした。確かにデカいバグを爆殺するのだけど、あれは言ってみれば中ボスみたいなものではないかと……、まあそれはいいです。

二作目は低予算だったせいもあってか、一作目の味が損なわれており酷く落胆したのですが、今回はバーホーヴェンが製作総指揮ということで、バーホーヴェンイズムとでも言うのでしょうか、人をおちょくったようなシニカルなユーモアとグロテスクさを取り戻していました。やはりこのシリーズはこうでなくっちゃいけません。

一作目と同様に、軍国主義とプロパガンダを徹底的にネタにする姿勢が相変わらず面白いです。あそこまでやるともう反戦だか戦争礼賛だか判らなくなりそう。それに加えて今回は宗教問題も絡んできてお腹一杯というか、ちょっと詰め込みすぎているような気もします。まあそれも適度な馬鹿馬鹿しさがあって面白いのだけど。

原題の副題にもなっている“マローダー”とは、人間が装着するモビルスーツみたいなもので、乗り込むというより着るという感じの人型ロボット兵器です。強烈な火力を持っているようなのですが、活躍シーンがあまりに短くて拍子抜けしました。強いて残念な点を挙げるとすればその辺りかな。続編ができればもっと活躍しそうです。


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スピード・レーサー

スピード・レーサー (Blu-ray Disc)

監督:アンディ・ウォシャウスキー、ラリー・ウォシャウスキー
2008年 アメリカ

日本のアニメーション『マッハGoGoGo』を実写化した作品。

冒頭からレースシーンが始まり、そのスピード感に圧倒されましたが、そこから物語の本筋に入るまでのお膳立てがまあ長い事。1時間ほどかかったのではないかな。どうせ大した物語性はないのだから、ドラマ部分もスピード感を出してポンポン進めれば、90分で充分な映画なんですけどもね。135分は無駄に長い。

映像表現に関しては面白い部分もありました。特に乱闘シーンは漫画的な表現を巧い具合に昇華しており、これまであまり観たことのない特異なもので目を奪われました。ただ、極彩色に彩られた画面はチープです。ジェリービーンズをばら撒いたような感じ。

マッハ号といえばホイールからのこぎりが出たり、車体の底からバネが出てジャンプしたりといったギミックが有名で、この映画でもきっちり再現されていましたが、精巧なCGでやられるとナンセンスさが際立ってしまい、流石に馬鹿馬鹿しかったです。かといってギミックを無くしてしまえばマッハGoGoGoである必要がない。やはり実写化するということ自体、無謀な試みだったのではないかと。なんだか、おまえらCGで遊びたかっただけちゃうんかい、と言いたくなる映画でした。


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最高の人生の見つけ方

最高の人生の見つけ方

監督:ロブ・ライナー
2007年 アメリカ

余命幾ばくも無い二人の老人が主人公。一人は金に飽かして何でも好き放題の豪放な実業家、もう一人は清貧を絵に描いたような堅実な修理工。たまたま病院で知り合った二人は、“死ぬまでにしたいことリスト”を実現すべく、世界を旅して周ります。

所詮は金持ちジジイの最後の道楽、我々庶民には縁の無い話し、と切り捨てるのはちょっと違う。“スカイダイビングをする”とか、“狩をする”とか、確かに金で解決できる項目もリストには含まれますが、そんなものはただの余興で大した意味はありません。それより、金で解決できない難題――“世界一の美女にキスをする”、“赤の他人に親切にする”、“涙が出るほど笑う”――がいかにして実現されるか、そこにこの映画の意味があり、最大の見せ場かと思われます。そして最後の項目、“荘厳な景色を見る”は……厳密に言うと実現しません。でもまあ、それも人生というところでしょうか。どう理屈をこねても人の死は悲しいもんですが、誰かの記憶に残ったり、誰かが遺志を受け継いだりすれば、その死は報われるのかもしれませんナ。


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サムサッカー

サムサッカー 17歳,フツーに心配な僕のミライ [DVD]

監督:マイク・ミルズ
2005年 アメリカ

主人公は17才。ハリセンボンの箕輪に似た風貌で、線が細く顔色が悪いその少年は、親指をしゃぶる癖が未だ抜けず、いつも心ここにあらずの状態で注意散漫、何を考えているのかよく判らない。しかしADHD(注意欠陥・多動性障害)と診断されて薬を服用し始めると、途端に彼は前向きで覇気があり弁の立つ少年へと生まれ変わる。

手に負えない子供にはとりあえず病名をつけ、薬漬けにしてしまえば大人は楽だ。当の子供にとっても、それが新たな一歩を踏み出すきっかけになるのなら、一概に悪いこととは言えない。しかし本当にそれで良いのか。薬の力で増幅させた脳の機能は、彼本来のものであると言えるのか。キアヌ・リーブス演じる医者が言うように、問題の根本を突き止めることが最重要なのであって、それなしに何の解決と言えるだろう。

何でも見通せるようになった(と思い込んでいる)主人公の日常に、やがてひずみが生じる。自分の知性の高さに驕り、思いやりを失ったため、仲間は去り、家族からの扱いも腫れ物に触れるようだ。そして主人公は薬の服用をやめる。もう以前のように弁は立たないが、それでも彼は拙いながら自分の言葉で自分を表現し、自分らしさを見出し始めるのだった。『アルジャーノンに花束を』の青春映画版とでも言うべきか。


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ジャンパー

ジャンパー (特別編) [DVD]

監督:ダグ・リーマン
2007年 アメリカ

念じれば思い通りの場所にテレポートすることができる、通称ジャンパーと呼ばれる青年と、ジャンパーをつけ狙い抹殺することを目的とした組織との戦いを描いた映画。

ここ数年間で観た映画の中でも断トツのワースト作品でした。何しろひたすらジャンプするだけで中身何にもないんだもの。端から期待していなかったとはいえ、それをも遥かに下回る出来に、よくもまあこんなものを大金かけて撮影し公開にこぎつけたものだと感心するとともに、その勇気には恐れ入った次第です。

組織はなぜ執拗にジャンパー抹殺を狙うのか、その理由が「彼らは危険」であり「そんな力を持って良いのは神だけ」であるという曖昧模糊としたもので、どうやら中世の時代から連綿と続いているらしい魔女狩り的な行為に彼らが何故そこまで固執するのか、真の動機は何かについて、結局最後まで判らずじまいでした。

主人公は能力を用いて盗みを働いているので犯罪者ではありますし、スフィンクスのてっぺんで食事をしたりニュージーランドの大波に乗ってサーフィンを楽しんだりと、気ままな暮らしを謳歌しながら、ニュースで災害が起きていると知ってもジャンプして人を助けようなどとは微塵も思わないような人間ですが、それをもって虐殺をよしとすることなどできるはずもなく、だから組織の行いを見ても、ジャンプしちゃってるのはオマエたちの論理じゃねぇのかなと思わざるを得ませんでした。

作り手はその辺りについて、これなら観客の腑に落ちるだろうと考えられる理由付けをしようとは思わなかったのだろうか?

それこそがこの映画最大の謎でありました。


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砂の女

砂の女 特別版

監督:勅使河原宏
1964年 日本

もう随分と前に原作を読み、この映画と偶然出合ったのはそれから数年後のことだった。かなり原作に忠実な作りとなっていることに驚いたが、それもそのはずで、脚本を安部公房自身が書いていた。

不思議なもので安部公房の小説の登場人物は、詳細な人物造形がなされているにも関わらず、顔が見えてこない。男も女も記号化されており、まるでのっぺらぼうのようだ。そのせいもあってか、物語は強い寓話性を帯びる。一方それが映画となると、詳細な人物造形は省かれるのだが、そこは映像の力を借りることによって、薄っぺらくはなっていない。それどころか、顔のある人間が、場合によっては感触や匂いも伴いそうな映像表現の中で、にも関わらず完全に記号と化していることの不気味さが、物語の厚みを増している。

砂漠を歩きながら昆虫を採集する主人公の独白で映画は始まる。

お互いを確かめ合うための、あらゆる種類の証明書。契約書、免許証、身分証明書、使用許可証、権利書、認可証、登録書、携帯許可証、組合員証、表彰状、手形、借用証、一時許可証、承諾書、収入証明書、保管証、さては血統書に至るまで。
果たして、証明書はこれでしまいなんだろうか。まだ何か証明し忘れているのではあるまいか。
男も女も、相手がわざと手を抜いているのではないかと暗い猜疑の虜になる。潔白を示すために無理して新しい注文を思いつく。どこに最後の一枚があるのか誰にも判らない。
証文は結局、無限にあるらしいのだ。
お前は俺が理屈っぽ過ぎると言って非難した。しかし理屈っぽいのは俺ではなくて、この事実なんだ。

新種のハンミョウの存在を証明するため、砂漠へと旅に出た昆虫学者である男は、そこでひっそりと暮らす部落民達に捕らわれ、深く掘られた穴の底にある一軒家に追いやられると、奇妙な女との、それこそ蟻地獄のような生活を余儀なくされる。

女の不毛な生き方を否定し、そこに取り込まれることを拒絶する男は、幾度となく逃亡を図り、自身が自由を享受するに値する文化的な現代人であることを証明する試みに躍起となるが、その試みはことごとく失敗する。男は次第に穴の底の生活に慣れ親しみ、女に愛着を抱くまでになる。いきおい、女と結ばれる。

そうしてラスト、妊娠したことで穴の底には居られなくなった女が泣きながら連れ去られる姿を、男は黙って見届ける。後には縄梯子が残されていた。なのに男は、せっかくの逃亡の機会を自ら棒に振り、しばらくその場に踏み止まる決意をする。偶然発見した溜水装置の成功を、部落民達に証明したくなったのだ。

流動する砂が暗喩するのは時間だろう。砂を掻き続けて生きること、それは時間を食い潰して生きることだ。不毛ではあるが、それこそが人生の唯一のあり様であることを男は悟りながら、それでも自分というものの存在意義を決定してくれる証明が欲しくて堪らない。一方で女は水を暗喩しており、水は砂を征服する。もちろん彼女にも時間を止めることは出来ないが、砂を掻き続ける生活を自らの意志で受け入れている彼女は砂を、つまり時間を征服していると言える。果たして男と女のどちらが現実的で賢いだろうか。

脚本、画、構成、音楽と、どこを取っても巧みな映画だが、単に巧いだけでなく魅力的なのは、女を演じる岸田今日子の存在が大きい。さらさらに乾いた砂に塗れた画面の中で、彼女だけは水気を孕みヌメヌメしているように見え、あまりの高湿度に窒息しそうだ。羊水を垂れ流しているような、彼女自身が羊水を纏っているような、そんな感じがする。もちろん腐ってはいません。女という生き物から、あらゆる幻想を取り除いたら、岸田今日子という現象が残るのではないかと思えるほど、彼女は女そのものだ。しかしそれも男の一方的な幻想であると、現実の女は笑うかもしれない。


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ゾンビーノ

ゾンビーノ デラックス版 [DVD]

監督:アンドリュー・カリー
2006年 カナダ

舞台は1950年代のアメリカ、都市近郊の住宅地。『奥様は魔女』あたりのホームドラマっぽい雰囲気。大量発生したゾンビの脅威に打ち克った人類は、特殊な首輪を付けさせることでゾンビをコントロールし、思うままに使役しているというグロテスクな設定。ゾンビを飼うことは、マイカーを持つことと同様にステイタスの顕れであるらしい。

ある日、ティミー少年が暮らす、絵に描いたような中流家庭にゾンビがやってくる。ママがちょっと奮発したらしい。ゾンビの名前はファイド。腐りかけているので顔は真っ青、口はどす黒い赤、動きはトロく、うあーとしか喋れない、中年男の動く死体。匂いがキツイのではないかと私は始終気になったが、そういうことを表す描写は無かった。

ティミーのパパは家庭を顧みない。マッチョなパパを演じるのはやぶさかでないようだが、普段は車を傷つけないことや上司におもねることしか頭にない。一方で腐った死体のファイドは、気の利いたことの一つも喋れないものの、ティミーを苛めっ子から救ったり、ママのダンス相手になったりと、理想的な父親であり男を体現する。よせば良いのにパパは、ファイドにつまらない嫌がらせをしたりする。ゾンビ以下なのだ。

昔のアメリカのホームドラマで観られるような、あからさまにわざとらしい家族の仲良しぶりと、ゾンビの組み合わせ。初めのうちは、何だよコレと言いながら、せせら笑うように観ていたのだけど、次第に笑えなくなってしまった。亭主元気で留守がいい、なんてフレーズが一昔前に流行ったが、亭主元気でゾンビならなお良いのではないか。なにしろ余計なことは喋らないし、仕事はきっちりするのだから。だったら父性っていったい何なのか。矮小な人間性を曝け出して軽蔑されているゾンビ以下の父親が、車にワックスかけたりゴルフクラブ磨いたりして、明日また家族のために、糞ムカツクようなおべんちゃらを言いながら金を稼ぐことの、いったいどこが悪いのだろう。ママはバカし放題のバカで生きられて、パパの末路は蔑ろってんじゃあ気持ちが悪過ぎるなあ。


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再会の街で

再会の街で [DVD]

監督:マイク・バインダー
2007年 アメリカ

歯科医のアランと、彼の元ルームメイトだったチャーリーは、街中で数年ぶりに再会する。喜ぶアランであったが、チャーリーはどことなく様子がおかしい。チャーリーは9.11テロで妻と三人の子供を失って以来、心を閉ざしてしまっていたのだ。人を避けるように生きているチャーリーを立ち直らせようと、アランは懸命になるのだが――。

アランの働きかけによって、凍てついた心が氷解してゆくチャーリーを、アダム・サンドラーが好演していた。チャーリーの影響を受けて、渇いた心が潤ってゆくアランを演じたドン・チードルも良かったが、妻と娘と社会的ステータスの高い仕事があり、立派な家と車を持っている彼の苦悩は、いわば贅沢病みたいなもので、シンパシーを感じることはできなかった。まあそれでも、そこそこ面白いバディムービーではあった。

一つ気になったのは、9.11テロの犠牲者を特別視する向きが感じられたことだ。テロに屈しないということは、あたかもテロの影響など受けていないが如く振る舞い、理性的に日常を積み重ねてゆくことだろう。当の犠牲者には無理だとしても、社会までが彼らを特別扱いしてしまったら、それこそテロリストの思う壺ではないのか。


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