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スクープ〜悪意の不在〜

スクープ〜悪意の不在〜

監督:シドニー・ポラック
1981年 アメリカ

港湾労働者の失踪事件を追う特捜班は手がかりを掴めず困っていた。そんな折、たまたま事件のことを嗅ぎ付けた女記者は特捜班の元へ取材に訪れる。現段階で話せることはないと言う特捜班長だったが、彼は女記者の目につくところにわざとファイルを置きっぱなしにして部屋を出た。今がチャンスとファイルを盗み見た女記者は早速新聞社に戻り、ある男が事件に関与していることをほのめかす記事を書く。翌日、そのニュースは大々的に報じられたが、実のところ男は容疑者でもなければ重要参考人でもなく、そもそも事件とは無関係だった――。

マスコミがお題目のように唱える“報道の自由”や“知る権利”。自らが正義の立役者であると言わんばかりの彼らの傍若無人ぶりには呆れかえるという人も多いでしょう。俺もそうだ。真実を追究するなどと言えば聞こえは良いが、嘘をつけと。真実を抉り出すには相応の時間と労力がかかるはずだ。しかしビジネスマンとしての彼らは待つということができない。もたついていると部数や視聴率を他社に持っていかれてしまうからだ。だから彼らは往々にして勇み足をするし、そのことが取り返しのつかない悲劇を生み出してきた。この映画はそんなマスコミの問題点をシャープに描いた社会派サスペンスです。

この映画は基本マスコミ批判でありながら、決して全否定はしていません。報道というものが担っている役目の重要性にも触れるし、マスコミの体質にマズイところがあるのと同様、マスコミの勇み足を楽しんだり報道に疑問を抱かない大衆にも問題があるということも描きます。また、“マスコミ”と一括りにして書いてしまっていますが、その裏には様々な主義・主張・悩み・ジレンマを抱えた大勢の個人がいるということを描いている点も良かったですヨ。「俺は真実を書く方法を知っている。人を傷つけずに書く方法も。しかし両方を一緒にはできないんだ」というデスクの台詞はなかなか印象的でした。

つくづく思いましたのは、マスコミは嫌われてなんぼ、ということ。ジャーナリストの方々には気の毒ですが、あなたがたは四面楚歌でいなければなりません。先頭をきって大衆を真実へ導いているなどと思い上がってはいけません。あなたがたのバックに大衆がついているなどと勘違いしてはいけないのですヨ。


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