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キング・オブ・コメディ

キング・オブ・コメディ [DVD]

監督:マーティン・スコセッシ
1983年 アメリカ

コメディアン志望の男がスターダムにのし上がる妄想にとりつかれて人気コメディアンを誘拐し無理矢理テレビ出演を果たすという物語。ユーモアが多分に含まれてはいるけれどコメディではなく、狂気を描くことに重きを置いたちょっと怖いドラマ。

デ・ニーロ演じる主人公は、お笑いそのものに情熱を傾けているという様子ではなく、その行き過ぎた行動の原動力となっているのは復讐心。自分をコケにし無視してきた知人や社会を見返してやる、そのためには有名になるのだ、という思い。だから彼の狂気は計画的で冷静。

一方、人気コメディアンの追っかけ、というよりストーカーであるヒロインの狂気は衝動的。自分の言動に酔ってブチ切れる彼女は、女優の顔自体のアンバランスさとあいまってコワイ。この映画で最も魅力的なのはデ・ニーロではなく、むしろこの人。


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キンキーブーツ

キンキーブーツ [DVD]

監督:ジュリアン・ジャロルド
2005年 アメリカ、イギリス

父が急逝したため一家が代々営んできた靴工場を引き継いだ主人公のチャーリー。大量生産される安価な靴が主流となっている今、“一生モノ”であり、値段も相応に高く、かといってブランド力のない靴を作ってきた彼の工場は、経営破綻寸前です。

ある日、路上でチンピラに絡まれている女を助けようとしたチャーリーでしたが、実はその女、男だったのです。ドラッグ・クィーンってやつ。まあつまりオカマだ。名前はローラ。野太い声にいかついガタイ。そして滅法強い。チャーリーが助ける間もなく実力でチンピラを追い返した彼女のブーツは、ヒールが折れてしまいました。

未知なる生物と遭遇してしまったチャーリーは逃げ帰ります。そこで彼を待っていたのは厳しい現実。いよいよリストラしないとどうにもなりません。泣く泣く職員に解雇を言い渡すチャーリーでしたが、同僚のローレンに活を入れられます。「『僕に何ができる?』なんて言って座ってないで、例えばニッチ市場を視野に入れるとか方策はないの?」と。そこで思いついたのが、ドラッグ・クィーン御用達のブーツ、“キンキー(意味:変態の、性的に倒錯した)ブーツ”を作ることでした。男の身体を支えつつ、しかし女性的な感性に訴える野暮じゃないブーツには需要があるはず、と考えたのです。

でまあ、チャーリーとローラとローレンが工場のみんなを引っ張って、あれこれ試行錯誤を繰り返しながらブーツを開発し、時には衝突したりしながらも、ミラノで行なわれる見本市への出品を目指す、ってえのが本筋なのですが、そこにチャーリーと婚約者との擦れ違いや、ローラが偏見と直面しそれをどう乗り越えるか、次第に惹かれ合うチャーリーとローレンのいきさつ、などが絡んできます。多岐に渡るエピソードを交えながらも簡潔にまとまっていて分かり易いです。最初の10分ほどで主な登場人物の置かれている状況や心情が把握できます。しかも説明臭くない。巧い。ただ、演出は若干ウルサイかな。

不思議なもので、ローラが段々と可愛らしく見えてきます。元ボクサー志望のドラッグ・クィーンなんだけど、心は乙女であるらしい。ちなみに実話がベースです。


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グッド・ガール

グッド・ガール

監督:ミゲル・アルテタ
2002年 アメリカ、オランダ、ドイツ

主人公は30歳だったかな、そのくらいの年齢で、スーパーマーケットで働いている平凡な主婦です。演じるのはジェニファー・アニストン。所帯じみた主婦の設定には似つかわしくない美人なので、初めはミスキャストだと思いましたが、だんだんそれらしい顔つきになっていきます。

主人公のダンナは塗装工をやっており、無教養で無神経な、ブルーカラーの典型といった感じの男です。決して悪人なのではなく、むしろ優しいところもあるのですが、そのことに気付かない(或いは忘れてしまった)主人公は物足りないご様子で、同じスーパーで働く作家志望の同僚を若いツバメにしてしまうのでした。破滅願望を得々と語る男に対し、これまで感じたことのないトキメキを感じてしまったのです。太宰治と心中した女もあんな心境だったりしたのでしょうか。

んで、それがきっかけで事態はあれよあれよと言う間に悪化してゆきます。その場しのぎの嘘や取り繕いで誤魔化そうとする主人公を見ていると、なんて阿呆な女なんだと思う反面、まあ確かに、こんなふうにドツボにはまってゆくことってあるよなあと苦笑い。人生のままならなさを若干ブラックめに描いたコメディです。


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カジュアリティーズ

カジュアリティーズ アルティメット・コレクション

監督:ブライアン・デ・パルマ
1989年 アメリカ

ベトナム戦争の真っ只中。前線で偵察に当たる5人の米兵が農民の少女を強姦した末に殺害する。犯行には加わらなかったものの脅されて止めることもできなかった5人のうちの一人は上官に報告するが、まともに取り合ってもらえない――。

実話がベースになっています。デ・パルマ作品にしては良くも悪くも薄味。彼特有のけれんが発揮されておらず、普通に見易い映画です。

戦争という極限状況で、理性のタガが外れ、暴力的な本質が剥き出しになってしまうことは、確かにあるのでしょう。何しろ兵士にとっては殺人が日常であり、死体は風景の一部です。全員が武器を所持しているから、仲間内のイザコザでさえ命がけ。「何にも構わなくなってきた」という兵士の言葉が表すように、どこかが麻痺してゆくのでしょう。

ただ、戦争が暴く人間の本質は、一面的ではないはずで。犯行においてリーダー格だったショーン・ペン扮する軍曹が、くしくも「戦地で瀕死の子供を助けたこともある」と裁判で主張したように。そもそも犯行に及んだ4人の兵士は、戦争だから暴走してしまったのか、それとも元来そういう気質の人間だったのか。そこのところは、この映画からは判りようがありません。この映画が反戦を意図しているならば尚の事、自分の主張にとって都合の良い一部の事実を取り上げるだけでなく、あらゆる角度から「戦争とは何ぞや」ということを突き詰めていなければ、私のように疑い深い人間に対しては説得力がありません。

「俺達おかしくないか? こんな時だからこそ構わなくなってしまってはいけないんだ」と、マイケル・J・フォックス扮する新兵は言います。あからさまにメッセージ性の強いこの台詞は、おそらくデ・パルマがこの映画で最も言いたかったことの一つなのでしょう。至極真っ当な意見だとは思います。


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激突!

激突! スペシャル・エディション

監督:スティーヴン・スピルバーグ
1971年 アメリカ

おそらく誰もが、というのは言い過ぎだとしても、かなり大勢の人が一度はテレビ放映でこの映画を観ていると思われるので、今さらという感は拭えませんが、だからこそかえって新鮮ということも、やっぱりないか。まあいいです。

主人公の運転する乗用車が、前方をちんたら走行する小汚い大型タンクローリーを追い抜いたことで逆恨みされ、理不尽にも追い掛け回されるという、ただそれだけのシンプルなストーリーだけれども、しかし何から何まで上手いから、オチを知っていても楽しいです。家庭では妻にケツを叩かれている主人公という設定がストーリーとリンクして、常に何かに追い立てられるように突っ走るしかない現代人の焦燥を表現し得ていると思ったり思わなかったり、どうしても後ろを取りたいタンクローリーのしつこさに、スピルバーグの粘着的な厭らしさがよく出ていると思ったり思ったり、今になって再発見することがちらほら。迫り来るタンクローリーのスピード感が尋常じゃないんですけど、これはたぶん実際のスピードがどうこうではなく構図の上手さだと思います。


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カンパニーマン

カンパニーマン

監督:ヴィンチェンゾ・ナタリ
2002年 アメリカ

産業スパイ、それも二重スパイの物語。

この映画で大事なのは、“主人公は事の真相を知らないし、知ってはいけない”という状況設定。これはそのまま、観ているこちらが楽しむために必要な条件でもある。だから最後まで謎が多くてやきもきさせられるし、人によってはいつまでも把握しきれない状況に嫌気がさすかもしれない。ラストで真相が明かされようとも謎はなお残るから、すっきりしない後味が嫌だという人もいるだろう。でも、身も蓋もない言い方をすれば、ヴィンチェンゾ・ナタリの映画ってこういうものなんだよな。不条理な世界に観客をポンと放り込み、実際のところどんな意味があったのか根本的な部分の釈明はせず、不条理そのものを体感しろと言い放つ。それが彼の映画の面白味だと思いますよ。


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グッドフェローズ

グッドフェローズ

監督:マーティン・スコセッシ
1990年 アメリカ

『ディパーテッド』が今いちだったので、同じくスコセッシ監督のこの映画を口直しのために、というわけでもありませんが、とにかく再び観てみました。

イタリアン・マフィアの世界を華々しく壮大に描いた『ゴッドファーザー』と比較すると、この映画は金稼ぎに奔走する彼らの日常を、より現実的に描いて見せます。しかも主要人物はアイリッシュという設定です。それはイタリアン・マフィアの世界において、非エリートであることを意味します。シチリア人がホワイトカラーのエリートだとしたら、彼らは末端の“ブルーカラー”(談:主人公の妻)なのです。セコい仕事や汚れ仕事を額に汗してあくせくやって、美味いところは上に持っていかれ、図に乗れば殺されるという哀れな男ども。その格好悪さがなんだかイイ感じなのであります。

登場人物達はいとも簡単に人を殺しますが、快楽殺人者ではありません。自分達の業務を滞りなく遂行し利益をあげることが可能か、という徹底した損得勘定の末、必要ならば殺しも厭わない。その至ってシンプルで合理的な価値観は、裏を返せば彼らの弱さでもあるわけだけど、中には本当にヤバイのもいて、それがトミーという男です。普段は冗談ばかり言っており、いつ怒りのスイッチがオンになるか判り難いタイプ。癇に障る奴は損得勘定抜きに殺し、あとは野となれ山となれという破滅的な野郎。そんなトミーをゾクゾクするほど魅力的に好演するのはジョー・ペシです。甲高い声で発せられるマシンガントーク(何十回“fuckin'”と言ったろう)と、ちんちくりんの体型と、愛嬌のある顔が、逆に恐怖を掻き立てます。この映画は彼だけ観れば良いとさえ思うね。

ただ、音楽はやっぱりウルサイ。往年のロックの名曲がバンバンかかる。スコセッシの映画を軽薄にしてしまっている要素の一つだと思う。まあそれでも、冴えないマフィアの暴走振りと陰惨さを描いたこの映画には、あっているのかも。音楽のおかげで疾走感が醸し出されているし、惨たらしさが多少薄まっている気がします。そもそも、これはもうスコセッシ節みたいなものでしょうがないんでしょうな。

余談。この映画にはヴィンセント・ギャロが出演していると後で知り、調べてみました。始まってから1時間30分ほど経ったところ、トラックの用意と処分を担当することになる黒人(サミュエル・L・ジャクソン)が初登場する直前、主要な人物が並んで座り酒を飲んでいるカウンターの向こうに映り込む、テーブル席でトランプ遊びをする二人の男のうち向かって左側が、おそらく彼です。完全にエキストラでした。


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ケリー・ザ・ギャング

ケリー・ザ・ギャング

監督:グレゴール・ジョーダン
2003年 オーストラリア、イギリス、フランス

舞台となる19世紀のオーストラリアは、イギリスの流刑地だったわけですな。主人公のネッド・ケリーもまた、かつて父親が罪を犯したためその地に移り住んだアイルランドからの移民であり、実在した人物です。

ケリーは犯罪者の息子として蔑まれ、しかもアイルランド人ということで差別を受けていました。ある日、ケリーの母親は、権威を傘にやりたい放題の悪徳警官(もちろんイギリス人)を遣り込めたことから恨みを買い、不当に逮捕・拘禁されてしまいます。いよいよ堪忍袋の緒が切れたケリーは、兄弟や仲間とともに銀行強盗を働きます。目的は貧しい同胞たちをを助けることでした。

もちろんメンツ丸潰れのイギリス警官たちは黙っておらず、ケリーたちを指名手配し、賞金首にします。しかしケリーたちは同胞の助けを借りながら、権威に対し徹底的に抗います。彼らは女王に喧嘩を売ったのです。

ケリーが暴力という手に打って出たことは褒められたことじゃありませんが、彼は単なる荒くれ者だったわけではありません。敵を後ろから撃つなんてことはせず、まずは警告を発します。まあ、止むを得ないとなると容赦しませんが。仲間が自分のために金目の物を盗もうとすれば、それは目的が違うだろと怒ります。基本的には紳士で、筋が通っている。だから最初は彼を恐れていたアイルランド人たちも、一目置くようになります。乱暴なねずみ小僧みたいなものか。

しかし多勢に無勢ですし、彼らが犯罪者であることは確かですからして、結末は案の定、アンハッピーなわけですが、ちょいと救いが感じられるのは、ジェフリー・ラッシュ演じるギャング団討伐隊の責任者が、最後に言う一言です。敵ながら最後まで戦い続けた者への敬意とねぎらいを込めた一言。これは中々よござんした。


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蒲田行進曲

蒲田行進曲

監督:深作欣二
1982年 日本

泥臭いと言うか、単に臭いと言うか。酔っ払って観るといい映画だと思う。

男のだらしなさ、弱さ、馬鹿さ加減が観ていて辛い。それを許してしまう女の優しさも辛い。

松坂慶子さん演じる小夏はメチャメチャいい女です。いい女過ぎて現実味がありません。男の身勝手な理想に過ぎないと思います。でもホントいい女です。


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コントロール

コントロール [DVD]

監督:ティム・ハンター
2004年 アメリカ

人物描写が意外と細かく丁寧に作られています。

ある製薬会社が死刑囚を秘密裡に引き取り、性格を改善するという新薬の投与実験をするサスペンス映画です。薬の効果で“真っ当な”人格を手に入れつつあった主人公は、ちと軽率な行動から彼の過去を知る人間に追われる身となり、更には製薬会社の人間にもやはり危険人物であると烙印を押され、にっちもさっちも行かなくなるのですが、薬の発案者である博士だけは彼の更生を信じ、最後まで手助けしようとします。

主人公は子供の頃から暴力の真っ只中で育ち、母親が目の前で殺されたという経験の持ち主です。そして博士も(主人公に、ではなく別の人に)子供が殺されたという、これまた悲惨な過去を背負っており、憑かれたように実験に没頭するのはそのためです。ある意味、二人は“復讐者”という共通点を持ち、だから博士はシンパシーを感じたわけなのだな。

博士は主人公に心情を吐露します。
「子供を殺した犯人に薬を飲ませたかった。いや、私が飲むべきだったのかもしれない」

凶悪犯への復讐心を満たそうと人権無視の人体実験をした博士は、それが間違いであったのかもしれないと考えている。また、凶悪犯罪を重ねてきた主人公も、薬を飲む以前から後ろめたさを感じていたことは、フラッシュバックの映像から想像できる。少なくとも二人には、葛藤があったわけです。では、社会正義の実現をお題目に掲げながら金儲けのため博士に手を貸した製薬会社はどうか、たとえ相手が凶悪犯であろうと会社の言いなりで人殺しも厭わない部下や、保身のため博士を裏切った恋人はどうか。

最も悪しきは葛藤から逃げる人間だ。

博士の前妻であり子供を殺された母親は、青少年教育センターみたいなものを建てようとしています。主人公といい仲になる女は、アルコール依存症を抱えながらもより良い人生を切り開こうと模索しているところです。主人公や博士との対比として、そのような人物を配置したところにも、細やかな配慮を感じましたですよ。

終盤で明かされる真実は、ちょっと反則的な気もします。


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