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ママが泣いた日

ママが泣いた日

監督:マイク・バインダー
2005年 アメリカ

夫が蒸発したことから情緒不安定に陥った主婦と、彼女に翻弄される4人の年頃の娘達との関係をメインに、主婦と男友達との恋愛模様も交えて描いた、コメディタッチのホームドラマでした。

テリー・ウルフマイヤーは夫の蒸発をきっかけに、やり場のない怒りを娘達へぶつけるようになりますが、怒りを発散するのは悪いことばかりじゃありません。それまで良き妻・良き母の役割を演じてきた節のあるテリーは、このことで抑圧から解放され、次第に自分自身の生き方に目を向けるようになり、男友達と久々の恋愛モードに突入したりもします。娘達もまた、すっかり自分本位になった母親と衝突することで変化します。言いたいことを忌憚なく言い合い、本当に生きたい生き方を生きるうちに、親子間の適度な距離の取り方や、自立するということを、彼女たち家族は学んだわけです。

こうして以前よりも強い絆で結ばれた家族は、穏やかで幸せな日常を取り戻したかに見えました、が!

ラストの意外な展開が、この映画に深みをもたらしています。悲観的な結末ではありませんが、単なるハッピーエンドでもありません。確かに怒りを発散するのは悪いことばかりじゃありませんが、もちろん良いことばかりでもなく、怒りに駆られると真実が見えなくなることもあるし、幸せとは、真実が見えていないからこそ成り立っている幻想に過ぎないのかもしれないよ、という感じでしょうか。“THE UPSIDE OF ANGER”という原題には、ちゃんと重要な意味があるんだよな。


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メルトダウン

メルトダウン

監督:ジェレマイア・S・チェチック
2004年 アメリカ、ドイツ

カリフォルニアの原発をテロリスト集団が占拠するお話です。映画じゃないよTVMだよ。

テロリストは何者か、そして彼らの真の目的は何か。それらの謎が明かされたときに、なるほどと頷けるかどうか。なのです。私はちょっとアレでした。アレというのは、アレがアレによってアレになったからアレしたというアレなのですが、アレを書くと物語の核心に触れざるを得ないので、書くのはアレです。

そんなことより。事態を把握していなくとも、今そこにある(と感じられる)危機を排除するためなら、たとえ丸腰の相手でも躊躇なく撃ち殺すアメリカって、なんだかなあ。暗闇に追い詰められた者がメクラ撃ちするような。危機感を持つことは大切だけれども、怯えてしまうのって怖い。きょわい。

なかなか緊迫感があってイイ感じではありました。ただしラストは啓蒙番組くさい。


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まぼろしの市街戦

まぼろしの市街戦

監督:フィリップ・ド・ブロカ
1967年 フランス、イギリス

第一次大戦下。フランスの寒村。イギリス軍部隊壊滅のため村ごと爆破するというドイツ軍の作戦を阻むべく潜入したイギリス兵の主人公は、敵をやり過ごそうと精神病院に逃げ込むが、それをきっかけに患者らは脱走、民家に上がりこんで衣類を頂戴したりサーカスの動物を檻から放したりなどやりたい放題で、住民が逃げてもぬけの殻となった村に一種異様な狂人の王国を築く――。

言いたいことは判る。気違いと言われる人達と、平気で人を殺す人達の、どちらが狂っているんでしょうかね、ということでしょ。判るけれども、この映画を好きになれないのは、狂人が少しも苦しんでいないからだ。自分の価値観が世間一般のソレから外れていることを知ってはいるが、しかしそれでも世間の中で生きたいという切なる願いを持ち、どうにもならないジレンマにもがき苦しむ人には、あんたたちの方が余程正常だよと俺は言うが、所詮住む世界が違うと冷静に割り切り鉄格子の中という安全地帯に帰ってゆく、ただ現実逃避をしているに過ぎない彼らの馬鹿騒ぎを見せられても、お前ら戦ってもいねぇだろと言いたくなるんだよ俺は。

人間は狂っているから戦争をするのではない。戦争が人間を狂わせるというのも大嘘だ。己の幸福を勝ち取ろうとする人間が、それしか方法を知らないから戦争をし、生きるためや、心の均衡を保つための自衛手段として、残虐非道な振る舞いをする。全ては正常な、真っ当な、人間らしい人間の一面だ。だから始末に負えないのだ。狂っているのは戦争という騒乱そのものである。と、思いましたですよ馬鹿野郎。この映画は狂気というものを判っていない。狂人を利用するなヨ。


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ミート・ザ・ペアレンツ2

ミート・ザ・ペアレンツ2 スペシャル・エディション

監督:ジェイ・ローチ
2004年 アメリカ

結婚を認めてもらうべくカノジョの両親と初対面した主人公が、元CIAで堅物の父親より執拗なまでの“試練”を課せられ奮闘する姿を描いた一作目。今度の二作目は、両家の両親を引き合わせた主人公に襲い掛かる波乱の数々を描いていました。

主人公の父親は元弁護士で今は家庭を切り盛りする専業主夫。母親は高齢者向けのセックス・カウンセラー。ガチガチの頑固者で保守的なカノジョの父親とは対照的に、二人はリベラル過ぎるほどリベラルで、ところ構わず下ネタを言うわイチャつくわ、かなり変わった人達です。演じるのはダスティン・ホフマンとバーブラ・ストライサンド。二人のぶっ飛びぶりがなかなか楽しかったっす。特典映像によるとアドリブ連発だったようで、特にD・ホフマンは共演者が吹いてしまうほどやりたい放題。そんな現場の楽しい雰囲気が映画にも現れているようでした。

しかし見所はその程度。『バードケージ』('96年)のような、両親の恥ずかしい一面を隠そうとする主人公と当の両親の間の衝突もなければ、家族の輪から一人はみ出してしまった頑固親父の悲哀もほとんど描かれない。全体的に悪くはないのですが、心には残らなさそうです。


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モンドヴィーノ

モンドヴィーノ

監督:ジョナサン・ノシター
2004年 フランス、アメリカ

ワイン業界の内幕を描くドキュメンタリー。川島なお美さんも絶賛ですか。いや知らんけど。

で、この映画、監督が世界各地のブドウ畑や醸造所などを訪れ関係者にインタビューをすることで、ワイン業界に押し寄せるグローバル化の波の実態を明かすというものなんですが、ここでいうグローバル化とはつまりアメリカ化ということであり、要はアメリカの市場主義に押されて今のワインが誰にとってもそこそこ美味い無個性なファストフードのようになっていることへの懸念を監督は表明したいのらしい。また、何が美味いワインであるかの決定が一部の批評家や批評誌に委ねられているという現実が、事態の深刻さに拍車をかけていることも監督は指摘。批評家が力をもつと、結果として批評家におもねったワインが市場を占め、それが美味いワインとして定着してしまうという逆転現象ね。

しかし監督は一方的な見方をしているのでなく、グローバル化がもたらす功の部分、例えばアメリカ経済が参入することで安定した収入を得られるようになった農家が各国に存在することなども同時に取り上げていますし、一部の愛好家や富裕層のための飲み物としての印象が強かったワインが、安くて美味いものを発掘する批評家によって大衆化された側面にも触れます。私としては功3罪7の割合で描かれているという印象を受けました。このへんのバランスはまあ丁度良いのではないかと。フィフティフィフティで描いてあとの判断を観客に丸投げしてしまうのでもなく、あくまで監督の主張を伝えつつも、一面的には陥らないという作りに好感を持ちました。節度あるマイケル・ムーアという感じ。

この映画で描かれているのはワイン業界についてですが、もっと広い意味でグローバル化とはどういうことかを知るきっかけにもなり得る映画だと思われます。次は映画産業のグローバリゼーションを描いてもらいたい。って今更遅いか。あと、今後ワインを選ぶ際に色々考えてしまいそうです。

一つ印象的だった台詞。「美味いワインを造る方法はたくさんあるよ。だから不味いワインもたくさんできるんだ」 これを言ったワイン会社の大物は不味いワインを造らないために科学処理を用いています。重要なのは美味いものを造ることではなく、不味いものを造らないことなのな。


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未来は今

未来は今

監督:ジョエル・コーエン
1994年 アメリカ

学も経験もない入社したての若造が熱意でもってトップに躍り出るもいつしか初心を忘れて堕落、更に捨て駒として利用されたことで自暴自棄に陥るが、最後にどでかい幸運に見舞われ事態は万事好転、以降、彼は名実共に素晴らしい経営者になりましたとさ、という在りがちなサクセスストーリーを若干メルヘンチックに描いたコメディ。

コーエンの作風が好きな人にはいいのかな。私は好きになれない。カメラ目線でニヤリと笑って「ルール違反だけど仕方ないだろ?」と登場人物が物語から飛び出て語る場面を初め、いちいち演出のあざとさが鼻につく。監督の意図が見え過ぎるというか。狙ってんなあという感じ。これから面白いこと言いますよ、もしくは今言いましたよ、といういかにもな顔をしてしまう関西の芸人を見ているようで鬱陶しいことこの上ない。

とはいえ笑った箇所はいくつかあったし、ティム・ロビンスの本当に能無しなのか違うのかよく判らないが純朴であることは間違いなさそうなキャラは好きだ。


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メタリカ 真実の瞬間

メタリカ 真実の瞬間

監督:ジョー・バーリンジャー、ブルース・シノフスキー
2004年 アメリカ

メンバー間の軋轢やアルコール依存症などの問題を抱え一時は解散の危機に瀕したアメリカのロックバンド・メタリカが、いかにして人間的な成長を遂げ危機を脱したかを描くドキュメンタリー。

まずデビュー当初からの彼らの熱烈なファンとして言うと、この映画で描かれていることのほとんどが既知であり、何を今更という感があった。これまでの彼らのインタビューをマメに読んで(或いは見聞きして)いれば知っていることばかりなのだ。

次に映画好きとして言うと、掘り下げ方が甘いと感じた。実際はもっと険悪で醜悪なエゴのぶつかり合いが多々あったろうに、この映画は綺麗過ぎるしカッコ良過ぎる。だから、乗り越えた、という感動も今一つだ。これじゃあ新手のPVじゃないか。『A Year and a half in the life of Metallica』と大差ない。

で、結論。彼らの熱烈なファンではなく、映画は時々観るくらいの人なら、もしかしたら興味深く楽しめるかもしれない。あ、でも、ファンも別の意味で楽しめるかも。半泣きのデイブ・ムステインとか動いてるクリフ・バートンとか。


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未来惑星ザルドス

未来惑星ザルドス

監督:ジョン・ブアマン
1974年 イギリス

何が凄いって、ショーン・コネリーがふんどし一丁で走り回る姿を拝めるのは、唯一この映画だけなんですから。

不老不死と完全な平和を実現したボルテックスという名の理想郷が実は、一部の富裕層が貧民層を締め出す形で作られた、全体主義的思想が蔓延している管理社会であった、というSF映画。エロスとバイオレンスとタナトスがあって初めて人間性というものがあるんだヨ、ってのが根幹を成す主張で、それ自体に目新しさはない。最近では例えば『アイランド』もそうだった。

ただ、ザルドスの場合はアプローチの仕方が特異。いわば旧人類である貧民層がふんどし一丁だったり、裸の女が艶めかしく舞い踊ってセックスを想起させたりして、よくあるSF映画とは趣を異にする。反体制派の異端分子を洗脳する際はクスリや機械に頼らず、十数人の新人類が両手を相手にかざして「は〜」と言いながら念を送るという超常的なものだったりするのも妙だ。

ともあれ、高度な知性と科学技術の進歩は不老不死を可能にしたが、それと引き換えに人間性は失われ、人々は骨抜きの生ける屍となってしまったという設定は、この映画で描かれている2293年の未来を待たなくとも、既にそちらの方向に動き出しているわけで現実味がある。アンチエイジングに躍起となっているオバサン連中には、あんたらのようなアホウどもがこういう世界を現実化してしまうんだぜと言いたい。そういえば、ボルテックスを仕切っているのは全て女だったな。


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未知への飛行 -フェイル・セイフ-

未知への飛行 -フェイル・セイフ-

監督:シドニー・ルメット
1964年 アメリカ

アメリカの軍事コンピュータが誤ってソ連に対する核攻撃指令を発令。爆撃機がモスクワに向け飛び立ち、引き返し可能な領域(フェイル・セイフ)をも越えてしまう――。

ストーリーはキューブリックの『博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』に酷似しています。実際、原作の小説はパクリだなんだと裁判沙汰にまでなったそうで。

しかし描かれ方は全く異なっています。『博士の―』が風刺の効いたコメディだったのに対し、こちらは正統派サスペンス。核攻撃を水際で食い止めるべく軍部・司令部・大統領があらゆる策を講じる場面はリアリティがあり(もちろん映画的な嘘は含まれるけれども)、息詰まるような緊張感があります。特に大統領が通訳を伴いソ連の議長と電話で駆け引きをするシークェンス(ここが最大の見所であり時間的にも長い)の緊張感は凄まじい。緊張し過ぎて吐いちゃいそうです。

また、軍人・学者・政治家が、それぞれの立場を度外視し、人間性によって違った見解を見せ、対立するのも面白い。平和主義者の軍人にタカ派の学者、コンピュータの誤作動に乗じてなし崩し的にソ連を壊滅するのもイイかもと考える政治家などがいて、彼らのやり取りがドラマの厚みを増しています。一方的な悪者として描かれがちなソ連の軍人に人間味を持たせ、ホロッとするような場面を加えてあるのも良い感じ。

今時の映画のような派手さはありません。低予算で作られたということもあり、ほとんどのシーンはチープさが漂うセット(それらしく作られてはいるが)の中で繰り広げられる、いわば密室劇の様相です。そのことがかえって、戦争も平和も極一部の人間と機械に委ねられている、という恐ろしい現実を浮き彫りにします。

音楽は全く使われていません。そのせいもあってか余計に「キーン」という効果音が印象的です。果たしてそれが何の音なのかは実際に映画を観て確かめて下さい。しばらく耳から離れなくなること間違いなし。


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魔王

魔王

監督:フォルカー・シュレンドルフ
1996年 ドイツ、フランス、イギリス

第二次大戦下、ナチスドイツの捕虜となり、少年兵のスカウトという役回りを任されたフランス人兵士の、寓話的物語。

主人公は大人になりきれない大人で、人付き合いは苦手だが子供とはうまがあう。彼はその特性を活かし、子供にとって良かれと思いながら少年兵のスカウトをすすんで行なう。そのときの彼はハンターだ。彼は子供の頃から大切にしている本に記されたハンターの姿を自分に投影している。ハンターとは支配者の象徴だ。

しかし、男の集めた少年達はやがて洗脳され、悲劇的な末路を迎える。元々が自己逃避的だった男は、支配者の立場に陶酔することで、ますます幻想の世界に埋没していたが、ここで現実を目の当たりにする。自分もまた支配されている側であること、自分がしてきたことの重さを、初めて自覚する。

寓話的物語と書いたように、どこか現実味がなく、御伽噺を見ているようだった。映像も柔らかで美しい。それがかえって主人公の奇異性を際立たせていると感じた。


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